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齋藤 剛教授


はじめに

社会・文化人類学、中東民族誌学などの立場から中東・北アフリカの最西端に位置するモロッコをフィールドとして研究をしています。イラン革命(1979)、イラン・イラク戦争(1980-1988)、第一次インティファーダ(1987)、湾岸戦争(1990-1991)などについての報道に日々触れる中、「イスラーム世界」に生きる人々について、実際に現地で暮らしながら理解を深めてゆきたいと次第に考えるようになったのが、現在まで繋がる研究の動機の一つです。また、中東・北アフリカはヨーロッパと隣接していて、両者は非常に深い歴史的関係を持っていますが、中東・北アフリカやイスラーム圏の視点からヨーロッパに端を発する「近代」と呼ばれるものを見直してみることにも関心を持っています。

これまでの研究

まず、名古屋にある南山大学の学部と大学院(修士課程)で文化人類学を学ぶ機会に恵まれました。当時の南山大学では、タイ、インドネシア、インド、西アフリカ、日本など多様な地域を調査地としつつも、それぞれ宗教に関心を寄せた先生方が教鞭を取られていました。私自身、もともと宗教的なものに関心があったのですが、南山大学での学びは、人類学そのものと、人類学的観点から宗教の研究をすることの面白さや奥深さを教えてくれたと感じています。特に日本の東北地方を調査地とされていたクネヒト・ペトロ先生、インドをフィールドとしてナショナリズム、宗教、キリスト教の宣教などに関する研究を進められた杉本良男先生、西アフリカにおけるイスラーム化を研究主題とされていた坂井信三先生にお世話になりました。先生方の問題関心には多大な影響を受けただけでなく、今に至るまでの私自身の研究関心の基礎を作っていただいたと感じています。
 
博士課程からは東京都立大学社会人類学専攻で学ぶことができました。日本における人類学的イスラーム研究を牽引されていた大塚和夫先生に言葉では尽くせないほどお世話になりました。また松園万亀雄先生、渡邊欣雄先生、伊藤眞先生、棚橋訓先生からも学ぶことができるという大変な僥倖に恵まれました。この他、モロッコをフィールドの一つとして研究をされていた堀内正樹先生からさまざまな形でご指導をいただいたお陰で、今日の私の研究関心のあり方は形作られています。素晴らしい先生方との出会いがあって今の自分があると、その有り難さを日々感じています。

現在の関心

もともとムスリム(イスラーム教徒)の聖者信仰と呼ばれる信仰現象に関心があり、修士課程では、植民地支配や国民国家が形成される中での聖者信仰の変容について検討を進めていました。モロッコでは、モロッコ南西部スース地方を故郷とするベルベル人と縁あって出会い、彼らのもとでこれまで研究を続けてきました。ベルベル人はモロッコの各都市のみならずフランスなど海外にも進出し、小売業などで活躍をしている商業民として夙に知られている人々です。彼らの間では、都市生活を長く送る人が増加していますが、都市生活を送りながらも故郷との紐帯や家族、親族、同郷者の繋がりを重んじている人が多数います。そのような、都市と故郷を往還して形成される彼らの社会生活や人間関係のあり方に関心を持つようになったほか、家族や親族としての紐帯を重んじるうえでの彼らの規範のあり方(彼らの「道徳」や「倫理」に関わる問題)、アラブ人とベルベル人の民族関係、日常生活における社会関係の取り結び方、民俗歌舞などにも関心を持つようになりました。彼らの間では「部族」(カビーラと言います)としての紐帯が重視されることも多く、部族というものについても関心を持ち続けています。

これらの関心以外にも、モロッコ南西部というモロッコの片隅でイスラーム教がどのように受容されてきたのか、そしてイスラーム教をめぐる知識はどのようにして現地で解釈され、波及しているのかといったことにも関心を持ってきました。具体的には現地における聖者信仰、スーフィー教団の活動、伝統的なイスラーム教育のあり方などに着目しつつ、イスラーム的知をめぐる問題に関心を持ち続けています。

これらの研究関心に加えて、長期滞在が終わる頃に、ベルベル人の間でいわゆる先住民運動が顕在化してくるという動きが見られるようになりました。アマズィグ運動という名で知られるこの動きが一体どのような特質を持ったものなのかといったことにも関心を持って研究に取り組んでいます。アマズィグ運動について学んでいくと、21世紀現在のモロッコにおいても植民地支配期の民族政策や学術研究が、決して過去のものとはなっていないことが分かります。そうしたこともあり、植民地支配期の人類学的研究にも関心を持っています。同時に、19世紀末から20世紀初頭にモロッコで調査に従事した先駆的人類学者などの研究を再検討することにも現在取り組んでいます。

最近では、9.11以降の世界の状況を見ていても、「文明/野蛮」という枠組みが依然として効力を失っていないこと、開発などの形をとった新たな「文明化」とでも言えるような動きはますますその力を強めているように見られること、そして宗教復興や宣教の展開が見られることなどに関心を持っています。21世紀現在の北アフリカなどにおけるこのような変化について理解を深めていく上では、巨視的な視点に立つ必要があるとも考えています。また、いわゆる「アラブの春」以降の中東・北アフリカにおける移民・難民の流入/流出の増加と社会の変化も研究課題の一つです。

学部・大学院教育

学部、大学院では文化人類学の楽しさ、面白さを皆さんに感じてもらえたら良いなと願っています。また、自分の研究関心にだけ焦点を定めるのではなくて、広い視野で勉強に取り組んだり、学ぶことが大切ではないかと思っています。

研究を進めていくにあたっては、一人一人のペースや得意なことがありと十人十色ですし、研究が順調に進む時期、そうでない時期と研究には紆余曲折もつきものです。なので、研究指導にあたっては、先を見据えつつ、その時その時にあった指導ができるように心がけています。

中東における宗教、民族、社会、文化などに関心がある人だけでなく、中東以外の地域であったとしても文化人類学的観点から研究を進めたいと考えている人を広く歓迎しています。